0時00分00秒。
私はたった今、歳をとった。
毎日毎日衰えていく中で、一番確実である、歳というものをとってしまった。
若くはない、それでも老けてもいないと、自分では思っている。
しかし、若い女からすれば私はオバサンなのだろう。
私がまた一つ老けて初めてしたことは、シャワーに浴びることだった。
今までの気持を水と共に流して新しい気持ちに切り換えるため、だと、思っていながらも実際は違う。
昨日の今日まで残った仕事を片付けるため机に向い、夕食を摂ることなく日を越してしまったのだ。
バスルームの鏡が曇りだす。
毎日見る身体であるのに、少し違って見えた。
凝った肩を揉みほぐし、体中の毒素が抜けるように大きな溜息をついた。
濡れた体を拭き終ってタオルを巻いたままリビングに戻った時だった、彼が私の目に映ったのは。
「やあ」
彼のいきなりの訪問にも驚かなくなったのは大人になった証拠だと言えるだろうか。
それとも、彼が私のいない間勝手に部屋に入るということに、ただ慣れてしまっただけだろうか。
朝目覚めたとき、外出から帰ってきたとき、食事をしているとき、シャワーを浴び終ったとき…。
とにかく、彼は私に何の断りもなく部屋に入ってくる。
長い艶やかな髪がサラリと揺れた、と思えば、彼はいつものように首を傾げていた。
「、疲れてる?」
「ううん、大丈夫。ちょっと仕事してただけだよ」
「そっか」
極力彼に疲れを見せないように、微笑みを作る。
それは、何かの本で《愚痴る女はフラれる》という話を読んだことがあるからだ。
といっても、私と彼は恋人同士ではないが。
何度か肌を重ねたことはあるけれど、私には仲の良い“おともだち”にしておきたいところだった。
本当に、彼を好きになってしまったことに、怖気づいたから。
ドサっという音とともに彼は私のベッドに倒れていた。
「何か飲む?」と冷蔵庫を開けながら彼に聞くと「いらない」と素っ気無い返事が返ってきた。
私はグラスに注いだ水を飲みそれを机の上に置いてから、身体を彼の隣へ沈めた。
そして、二人の呼吸が聞こえるだけの空間になる。
「ねえ」
彼が身体を起こして私の方に向き直った。
「なに?」と私は自然に彼の眼を見る。
「もう仕事終わってる?」
「うん」
「じゃ、今日はもう寝よう」
「え?」
「シないの?」と問い返す前に、彼は部屋の明かりを暗くして私と自身の身体をシーツで包んだ。
そして彼の腕に包まれた。
私も彼も温かくて、誰かがそばいに居ることにほっとして、仕事も性欲も歳をとった自分もどうでもよくなって。
私は彼の人間的な心音を聞いて素直に目を閉じた。
トク トク トク トク
いつの間にかその音は私の心音と重なっていた。
そして意識が飛ぶ寸前(もしかしたら夢なのかもしれないが)、彼は私の髪に指を通して小さく言った。
「誕生日おめでとう、早く俺の気持ちに気付きなよ」
HAPPY BIRTHDAY TO YOU
(夢なら覚めないでほしい)
2008/5/27
2008/8/21