「ねーせんせー、もういいじゃん、プリントやってもわかんないから、帰りたいー」
「だーめ。これやんないと、お前高校生活終われない」
「まじでか」
それとこれとは話が別
もうとっくの昔に放課後になって、それから1時間くらい経った。今もまだ、窓の外から部活動生の声がする。みんな必死にボールを追いかけたりしてるんだろうな、青春だな、なんて思いながら、あたしは補習を受けていた。多分これも青春!だって、先生と二人きりの教室という名の密室地帯で、補習してるんだよ?テストの点が悪かったからって、二人きりで補習するとか、ほんと青春じゃない?…今時ないよ、こんな青春。まあ、先生が好きじゃなかったら、呼び出された瞬間に逃げてたけど、ね。
それにしても、わからないことだらけ。この漢字で埋め尽くされたプリントも、先生の心も、自分の気持ちも。なんでこんな、わからないことだらけの世界で生きてかないといけないんだろう。もっと単純な世界に生まれつきたかった。
「おーい、?目ェ開けたまんま寝てなかった?今」
「起きてます起きてます、ただ眠いですけど」
「んならさっさと解いて家帰れー」
「わかりませんー私日本人ー漢字読めないー日本人ー」
「…ったくもー俺だって帰りてぇの。誕生日くらい早く帰らせろや」
「…え?」
極力体力を使わないように先生と会話をしてたら、不意をつかれた。聞き返したら「俺、今日誕生日なのねー」なんて言うから、心の底から後悔した。昨日デパート寄って帰ったのに。先生に似合いそうなぬいぐるみがあったのに…違う!今はそんなこと思ってる場合じゃなくて
「先生、誕生日おめでとうございます」
いつもより真面目に言ってみた。そしたら先生は手をひらひらさせて「ありがとさーん」って、まるで酔っぱらったおじさんみたい。実際また一つおじさんになったわけだけど、なんか好きなんだよ、先生のこと。どこがって言われると、困るけど。
ふと頭の中に、薄暗い部屋で一人ホールケーキを食べる先生の姿が浮かんだ。それがちょっとかわいそうで、けどなんだか面白くて、笑いそうになった。
「よし、じゃああたし、先生のためにがんばるよ!」
「お、よしよし、がんばれ」
大好きな先生にどれだけ応援されたって、多分あたしにこのプリントは解けやしない。解いているふりをしながら、この時間が止まってしまえばいいなんて思っているから。
気がつくと窓の外は暗くなっていて、賑やかに聞こえていた声は、今は虚しく聞こえている。その虚しさが伝染してか、自分までもが虚しく思えた。先生という人間に恋心を抱いてしまったこと、そうして勉強に手がつかなくなってしまったこと、伝えきれないほどの想い…。センチメンタルになる。あたしだけが特別そんなわけじゃないんだろうけど、恋をすると、しかもそれが片思いだったら、センチメンタルになる。喜怒哀楽も激しくなる。先生と話せた日は自分でも怖いくらいご機嫌。
「あーダメ、もう、ダメ」
「ん?解けたか?」
「いや、そうじゃなくて、もう、ダメだ!」
「は?」
「あたし、先生のこと好き」
「だから今こうやって二人きりでいることについて、心臓が痛いほど動いてる、それでも帰りたくないし、けどこれだけは言いたいし」
「先生、大好きなの」
「だからテストの点20点くらいプラスして」
言ってしまった。まるでひとりごとを呟くかの如く、ぼそぼそ、ぺらぺら、言ってしまった!先生はというと、あっけらかんに驚いてるし。完全に引かれた。もう女子高生として青春すらできなくなる、ああどうしよう。
「」
「はい…」
「テストは、話が別ってやつだよなぁ」
「はい…」
「それ以外なら期待にこたえられそうなんだけど」
「はい…はい?」
先生の言った意味が解らなくて、音が消えた教室で、あたしは間抜けな顔をして。
先生の影が近づいて、ちょっとしてから離れた。それを他人事のように見ていたけど、さっきよりもずっと潤った自分の唇が妙に生々しくて、ああ、キスされちゃった、なんて思ったりして。それでもやっぱり、テストの点数のことが気になっていた、ファーストキスを奪われた瞬間だった。
20081004.
さつきさん主催:坂誕へ提出*
参加させていただき、ありがとうございます。
そして
坂田さん、お誕生日おめでとうございます!