眠れない、眠れない、眠れない!
さっきから小一時間ずっと目を閉じているにも関わらず、寝付けない。
ベッドの上で「さあ来い」って眠気を待ってみても、いつもの睡魔は現れない。
どうしたことか。
硬いベッドの上で、なかなか現れてくれない睡魔と戦った結果、小腹が空いてしまった。
私は重い身体を引きずりながら、ベッドから這いずり出る。
それから、毛布を被って、ペタペタと裸足のまま部屋を出てアジトの広間に向かった。
そこには誰かが盗ってきた食料がきっとあるだろうと思ったからだ。
暗くて長い通路を歩いていると、明かりがついている部屋を見つけた。
(シャルの部屋だ…。)
コンコン、とノックをすると「はい」という、いつもより少し疲れたような声が聞こえた。
「シャル、私だよ。入っていい?」
少し戸を開けてひょこっと顔を出して尋ねてみる。
すると彼は「もう入ってるじゃん。」と苦笑いをしながらどうぞと言ってくれた。
その時私の頭の中には食料を取りに行くという考えは既にどこかに消えてしまっていた。
彼はついさっきまで仕事をしていたのか、パソコンの前に座ったままだった。
パソコン机の前には、まだ温かそうな飲み物がカップに入っていて、彼は毛布に納まって小さくなっている。
「まだ仕事してたの?」
「ううん。それが、急に団長が調べてくれって。せっかく寝てたのに。困るんだよなーいくら団長でも」
ああ、団長命令なら仕方ない、と心の中で呟く。
(私も前に夜中呼び出されて本について語られたっけなぁ)
考えただけで、寒気がしてきた。
夜中の空気はしんとして、夏と言えども馬鹿に出来ない夜の寒さ。
外の虫たちも鳴くのをやめたころだ。
彼はパソコンを弄りながら、私は彼の部屋のソファーに体操座りで小さくなりながら、他愛のない話を続けた。
団長の人使いの荒さとか、ノブナガの髪の話とか。
ほんの些細なことに笑いながら、少しだけ寒さを感じていた。
くしゅん
猫、それも子猫のくしゃみのような、可愛いものだった、彼のくしゃみは。
少し驚いて固まっていると「なんだよー」と鼻をすすりながら彼は言った。
「子猫みたいじゃん!あははー」
「いいじゃん、ギャップだよ、ギャップ」
ギャップがあってこそ男だ、とか何とか言いながら彼は全身を包んでいた毛布をまた少し手繰り寄せた。
「そういえばさ、なんでここ来たの?」
「…あー!寝付けなくて、小腹が減ってさー、広間に行く途中シャルの部屋が明るかったから」
「寝付けないの?が?」
「私だって眠れないときだってありますよーだ!」
「はいはい」
ふふ、と男らしくない青年らしい笑い方に「うう」と反応すると思いついたように彼は言った。
パソコン机の上に置かれて、もう冷めてしまったであろう飲み物を指しながら「これ飲む?」と。
聞くところによると、中身はホットミルクだという。
既に冷めてしまっているし、今はただのミルクだ。
ただのミルクな上、シャルの飲みかけだというのに、私は自然に手をのばしてカップを受け取っていた。
ごくり、と音をたてて一口飲み込むと、口の中に甘いミルクが広がった。
部屋の温度よりは温かい、というより生温かいそれはとても甘かった。
「どしたのこれ、甘すぎるよ」
「だろ、蜂蜜入れすぎたんだよねー。キャップ取れてドバッと」
「シャルのしそうなことだー」と笑ってやるとムッとなって「も前コショウの蓋落しただろ!」と言われてしまった。
確か、同類の過ちを何度かしたことがあった気がした。
思い浮かべていると、視界に入っていたはずの彼の姿が消えていた。
彼は、またパソコンの前に座って仕事をしだしたようだ。
私はキーボードを叩くカタカタという音を気にしながら毛布を手繰り寄せる。
そして両手でカップを包み込んで聞く。
「ねえ、これはギャップ?それとも紳士的行為?」
これ、というのは、冷めたミルクを私に渡した行為。
いつもの彼なら、誰にだって気を遣うだろうから、当たり前の行為なのかもしれない。
彼自身は何と答えるだろうか。
どんな応えが返ってくるのか、わくわくしながら彼の背中を見つめる。
「ねえ、シャル?」
カタカタという音が数秒止まって、また部屋に響きだした。
彼はこちらを振り返ることなく言い放った。
「愛のかたちだよ」
甘すぎるミルクと温かい毛布は僕なりの...
(やっぱりこれ甘すぎー!)
2008/6/3
2008/7/27