人生最大の恋をした。
この恋だけは逃せない、いつもどこかで思っていた。
でもそれは、ただの理想であって現実では簡単に振られてしまった。
あたしが幼い頃から憧れていた、漫画のようなフられ方。
そんなのとは程遠く、別れ際に彼から「鍵、部屋出るとき置いてけよ。」と冷めた声で言われた。
あたしは無性に腹が立って、お気に入りのキーホルダーをつけたまま部屋の鍵を彼に投げつけた。
当たってしまえ!と思ったけど、当たらなかった。

部屋を出てから、行きつけの酒場に行っては「フられた」と顔見知りの人に話し、慰めてもらった。
そうして、かぶき町の店を点々としながら酒を飲んだ。
そして吐いた。
あたしの中の、あの男の成分が抜けてくれるまで、あたしは飲んで、吐いた。

財布が軽くなった頃、あたしは路上に寝転んでいた。
深夜、人通りの少ない道に車なんて来る筈もなく、1人夜空を仰いだ。
頬に当たる冷たい風は体内から分泌された水分を乾かしてくれた。
どうにもそこがヒリヒリするけど、今のあたしには丁度良い痛さだった。

何回か深呼吸をして自分を落ち着かせていると、ゴミ捨て場にゴミを捨てに来た男が目に入った。
ホストも大変なんだなぁ、と男を見ているとあたしの存在に気がつき、その男が近づいてきた。


「ちょっとお姉さん〜、こんなところで寝てたら風邪引くぜ」

男はあたしの傍で屈みながら言った。

「いいの〜風邪引いちゃっても〜だぁれも心配しないからぁ。」

「あ、てかうちの店の裏危ないから、早く帰った方がいいよ、お姉さん〜。」

どんな風に危ないの〜?きゃっきゃとじゃれるように、男にしがみ付きながら言った。
すると一瞬男は目を細めてふっと笑い、あたしの目をじっと見た。
数秒経ってから、男は口を開いた。

「青噛んじゃいたくないっしょ、けぇったけ〜った。」

青噛んじゃいたくない・・・青姦のことを言いたいのか、この男は。
酒に酔った脳はすぐには気付いてくれなかった。

「別に襲われてもいいのぉ〜男いないからぁー」

「そ。んじゃ試してみっか?」

そう男が言い終わる前に、あたしは男に抱きついていた。
たまにはこんな関係を持ってもいいか、と自分を甘やかした。
が、先程まで集中していた行為を思い出し、バっと男から離れた。

「ご、ごめんなさい。あたしゲロ吐いたし!もう帰ります、ありがと」

そう言い残し、その場から立ち去ろうとすると、男が手を引いた。
うお、と声に出して言ったあたしが情けない。
その男は、ぷっと噴出し笑いをしてから「ホテルならいくらでもあるし」と辺りの建物を指差して言った。
あたしは履き崩していたヒールを履きなおし、ゆっくりと頷いた。


「俺、この店のホストやってる坂田金時。」

「あたしは、。」

相手はどうせ源氏名だ、そう思ってあえてフルネームを言わなかった。
ホテルに向かう途中は何も考えなかった。
ただ、ただ男の香水の匂いに酔いしれながらひたすら歩いた。
その時はもう、頭の中に前の彼の記憶は無くて、目の前に居る坂田金時だけを見た。

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翌日、目が覚めるとベットの上だった。
坂田金時は・・・いない。
机の上の灰皿には、昨日彼が吸った煙草の吸殻があった。
そしてその隣には『坂田金時』と書かれた彼の名刺。
手にとって見てみると、裏に「今度は店に来いよ」と殴り書きで書かれていた。
それを見て、ふんと鼻で笑い、灰皿に残っていた吸殻を手にとった。
まだ短くなっていない吸殻に火を点けて、もう一度鼻で笑った。
煙が肺に入っていくと同時に、恋しさが増していく。

昨日、あたしは漫画のような人と出逢った。




2007.08.20
マ行マ「漫画」
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