あの女が死んだ。
以前、近藤さんから聞かされたトシの想い人。
総悟のお姉さんでもある、ミツバさんが、死んだ。
トシに密かに思いを寄せるあたしは、顔も見たことのないミツバさんを憎んだ。
トシに想われて、想いながら死んだミツバさんを憎んだ。
そしてあたしは、トシを思って死んでいったミツバさんが、羨ましかった。
静まり返る夜、虫の鳴く音だけがあたしの耳に入る。
目の前に横たわっているのは愛しい人。
胸が規則正しく上下している。
この人の呼吸ですら愛しく感じてしまうあたしは、女以外の何者でもない。
「トシ、殺してあげようか。」
腰を下ろし、小さく言ってみたものの、多分その声はこの人の耳には届いていない。
乱れた布団を掛け直すと、ゆっくりと寝返りをうった。
いつもは男前なのに、今だけは子供のようだ。
あたしとトシが出会ったよりも先に、ミツバさんとトシが巡り会った。
それは変えられない事実なのだけど、あたしはそんなことにも嫉妬をしてしまう。
もし、ミツバさんよりも先に出会っていたら・・・。
あたしはミツバさんの代わりにトシに愛されていたのかもしれないのに。
本人を目の前にして思うことではないとわかっていても、考えてしまう。
ミツバさんへの憎しみと、トシへの愛しみ。
「トシ・・・あたしね、」
眠っているトシに、いつものように話し掛ける。
反応がない、この声は届いていない。
「ミツバさんが羨ましいよ、トシにあんなに想われて。」
どうしてこの人が起きているときに言えないことが、言えてしまうのだろう。
人間、夜になって暗闇に溶け込めば何でもできてしまうのか。
「だから、あたしもトシを想いながら死にたい。」
ぼうっとトシの顔を見ながら言った。
死にたい、と言う言葉の後に溜息をつくと何か心に刺さっていたものが取れた気がした。
これ以上この人を見ていたら駄目になる、と思い部屋を出ようと襖に手をあてると後ろから声がした。
もちろん、愛しい人の。
「俺も死にてぇくらいだ。」
「・・・起きてたの。」
「ああ・・・。」
聞かれちゃった、と照れながら振り返ると、トシは目を凝らしてあたしを見た。
あたしが、ミツバさんにでも見えたのか、。
そんなわけないと思いながら、あたしの頭の中からミツバさんを消した。
「、何しに来たんだ?」
眉をひそめながらあたしに問い掛ける。
やっぱトシは男前ね、そう思いながら「なんでもない。」と言った。
「・・・俺を殺りに来たのか。」
「そんなわけないよ。」
何言ってんの、そう言うとトシはあたしの手元を指しながら言った。
「じゃあ聞くが、なんで短刀なんか持ってんだよ。」
右手を見ると、手には短刀。
しかも、何か液体がこびりついている。
胸がじんじんと痛み出した、トシと喋っているからだろうか。
呼吸が荒くなり、胸に手をあてると液体が手のひらに付くのがわかった。
気が付くと、体が畳に跪いていて上手く動かせなかった。
どくん、どくん、と鳴る心臓の音に集中していると「おい、大丈夫か!」と叫ぶトシの声が聞こえた。
あたしはそれに答えなければと、必死になって口を動かし、声を出した。
「あの人が、羨ましかったの。」
「あ?」
女が死んだ。
トシを好いていた女。
トシの想い人にはなれなかった女。
ミツバを憎みきれなかった女。
そして女は、男を想って死んでいった。
2007.08.17