あなたがそろそろ逝くらしい。
私の知らない世界へ、たった一人で。あなたはいつも肝心なときに私を置き去りにするのが好きなのかしらね。慣れてしまったけど、今回ばかりは認めないんだから。どうせ、また何かのイタズラでしょう。私を本気にさせて、後で種明しをするおつもりなのでしょう?あなたったら。本当に嘘がお上手だこと。


あらやだ。
何よ、この臭い。私の御鼻がもげてしまう。ちゃんと御掃除なさらないから、仕様のない人ね。こんなに散らかして・・・。塗り絵でも為さっていたの?赤と黒の絵の具がたくさん散って。まあ。御布団にまで散らすなんて!絵の具が取れなかったらどうしましょう。ねえ、黒と赤を使って何を塗ってらしたの?

どうしてかしら。
近頃貴女の御部屋に誰も近づこうとしないのは。それに、どうしてあなたは御部屋に篭りきりなのです?太陽を浴びないと、心が闇に喰われてしまいますわ。

ちょっと御痩せになったのかしら。
頬がこけて見えるのは、目の錯覚なのでしょうか?前に云ったでしょう。陽を浴びないと心が闇に喰われると。こんなに肌が白くなって・・・。ほら、外に出て花でも摘みに行きましょう。
・・・やだわ、起きるときくらい御自分で起きたらどうです?あなた、近頃私を頼りすぎですよ。

ねえ、あなた。
どうなさったの?前に私が云った言葉を気になさっているの?ねえ、どうにか口を動かしてください。絵の具で染まった唇を、拭ってください。みっともないと思いませんの?

どうしてかしらね。
今日は、あなたの御部屋に御仲間さんが来てらっしゃる。あなたは御布団の上で夢の中なのに。皆様、あなたの寝顔を見ては声を堪えるようにして涙を流すの。そんなにあなたのことが好きなのね。私もなんだか嬉しいわ。ほら、早くあなたも目を開けて御挨拶なさらないと。皆様が帰ってしまいますよ。
ほら、早く。

結局あなたは目を覚ましませんでしたね。
あるお方様からこんな話を貰いましたの。聞いてくださる?「総悟は死んだ。・・・あいつのことは早く忘れて他の野郎と何処にでも行けばいい。」なんて勝手でつまらない話なの!私はお方様に云ってやりましたの。そうしたら、お方様は顔を歪ませて、私に背を向けてしまいました。本当に勝手な人でしょう?まるであなたの様。


・・・。俺が死んだら、俺を忘れて別の男と一緒になってくだせェ。」

あなたが久しぶりに口を開いたかと思うと、こんな言葉を吐くなんて。どこまでサディスティックなのです?冗談は止してくださいな。
ねえ、あなた。
私は別の男なんて眼中にないの。だから、ずっとお傍で伏していてください。

あら、どこに逝こうとしているのです?行き先を教えてくださらないの?
逝く前に一つ、嘘の種明しでもしてから御逝きくださいな。私はそれをずっと待っていたのですよ。あなたが知らない世界へ逝くというのは、赤い嘘なのでしょう?焦らさないで、その御口で云って。


今は動かぬ唇が、最期に発したのは愛の詞と女の名
(嘘を明かさず寝てしまうなんて、本当に仕様のない人ね。)





2007.07.26